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バイオテクノロジー(BT)の目覚しい進歩から、その成果を実用化・産業化し国民生活の向上と産業向上力の強化を図ることの重要性が高まり、国策としてもBT戦略を樹立する必要性が叫ばれ2002年7月5日に「BT戦略会議」が組織されました。このBT戦略会議は内閣総理大臣が開催し、関係省庁の大臣および有識者から構成されています。この「BT戦略会議」から、2002年12月6日に「バイオテクノロジー戦略大網」が出され、国がバイオテクノロジーを応用した産業の活性化を後押しする公文書となりました。
一方、BT戦略会議に1年ほど先立ち、経済産業省からは「大学改革論」が提唱され、国立大学の規制緩和が実現し、当時の平沼経済産業相により「新市場・雇用創出に向けた重点プラン(平沼プラン)」が提出されました。これが有名な「2001年からの3年間で大学発ベンチャーを1,000社設立し、国立大学の独法化など大学機能の抜本的な改革を求める」というものでした。このような背景もあり、日本のベンチャー起業に拍車がかかり、2004年度中には経済産業省のベンチャー1,000社構想が達成される見込みで、このうちの約4割をバイオベンチャーが占めています。


日本でのバイオベンチャーの起業ラッシュの中、米国ではすでに1,500社以上ものバイオベンチャーが存在し、ベンチャーを支えるさまざまな組織が整備されています。

日本のベンチャー業界では、ベンチャー育成に必須な要素(ヒト・モノ・カネ)のそれぞれがまだ未成熟で、欧米と比較すると10年以上の遅れがあると言われています。
現在、日本でも欧米に追いつけ追い越せと多数のベンチャーが立ち上がり、TLO(Technology Licensing Organization)による知財移転機関やインキュベーションラボなどの設備が整備されつつあります。しかし、ベンチャーの受け入れ体勢を整備しても、ベンチャーの中身自体がしっかりしないことには、日本にベンチャーが根付き、育っていくことは期待できません。今、求められているのは「日本の風土に合ったバイオベンチャーの育成」なのです。
日本のバイオベンチャーが成長する過程で突き当たると考えられる多くの「壁」を以下に説明いたします。 |